朗読

2008年7月16日 (水)

新美南吉「かぶと虫」

 今日の朗読音声は新美南吉の「かぶと虫」です。かぶと虫をつかまえた小さな男の子が、遊び相手を探して走り回る、ノンストップアドベンチャー(?)です。といっても、田舎の夏休みを思い出して懐かしくなります。読み方や音楽や登場人物の声などの演出効果がうまくいっているかどうか‥ぜひ聞いてみてください。

 今回もデジタルレコーダーを使用しました。ZOOM社製H2ハンディーレコーダーはマイクスタンドや風よけもついていて素人には至れり尽くせりの仕様。アナログ録音のサーッというノイズや息吹かれの問題が解決したので、あとは私の朗読のテクニックの問題になりますねwobbly自然音を臨場感そのままに録音できるので、ここ大仁瑞泉郷の鳥の声もポッドキャストしたいと考えています。

Natsuyasumi_2  さて、いくつになっても夏休みのことは忘れません。一学期終業式の歓声、あんなに長かったのにあとわずかになって宿題に追われる時の後悔などありありと思い出します。昔はクーラーの中で勉強に励むなんてことはありませんでした。汗いっぱいかいて、この物語に出てくる太郎のように走り回っていました。だから、たとえ夏休みがなくたって、夏はワクワクするんですね。楽しい夏を過ごすには、夏バテ防止策を早めに始めましょう。

 ひとつは本格的に夏が来る前に汗をかけるようにすること。朝早くか夕方すぎの比較的涼しい時間帯に一時間以上しっかり歩きます。もちろん、これはお年寄りや小さなお子さんや体力の弱った方にはおすすめできません。ふたつめは冷房の温度を低くしすぎないこと。そして、みっつめには食事と水分をしっかりとり、睡眠と体調管理に心がけること。食欲がない時は葉ショウガやニラなどピリッとした食材を利用し、一日一回でもコメのご飯を食べてください。冷たい飲み物・お菓子は最小限にとどめます。夜が寝苦しければ昼休みに短めの居眠りをします。そして、最後にローテクを使うこと。朝顔や庭の木やすだれ・オーニングによる日よけ、屋上やベランダの緑化、打ち水、扇子などなど。温暖化でますますヒートアップする夏を何とか元気に乗り越えたいものです。

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2008年7月12日 (土)

新美南吉「去年の木」

 今日の朗読音声は新美南吉の「去年の木」です。初めてデジタルレコーダーで録音したので、音楽を前後に配しただけのシンプルな形にしてみました。仲良しの鳥と木は冬の間離ればなれになります。春になって鳥が戻ってきてみると木はいません‥。余計な感情表現を抜くことで、逆に心に残る、静かな詩のような一編になっています。

Madaraoinn2_2 飯山市で泊まったのは斑尾高原の山小屋ロッヂです。ここが静かな詩のような、素朴で心にしみる宿でした。オーナーの御夫妻が控えめで感じの良い方々で、温かなもてなしをいただきました。食事も美味しくて大満足。地産地消の食材で、健康食といえるものでした。信越トレイルのガイドをしてくださった御主人は自然保護レンジャーだそうで、その言動から森をこよなく愛していることがよく伝わってきました。

 このような場所で何日も滞在して、森を眺めたり、散策したMadaraoinn り、読書を楽しんだり、家族と語らったりすることができたら、どんなに良いだろうと思いました。食堂からの眺めの写真を見ていただければ、その雰囲気がわかっていただけるかもしれません。でも、実際に訪れていただくのが一番のリラックス法happy01ですね。

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2008年6月26日 (木)

薄田泣菫「利休と遠州」~後編

 朗読音声は「利休と遠州」の後編です。利休がほめたツギハギの茶入れにプレミアムがついたものの、後世の茶人小堀遠州はちょっと納得がゆかない。黄泉の国で利休と出会った遠州が、雲山について問いただすと‥。不思議な味わいのある作品となっています。

 さて、話の中で、利休は「あらゆる物の形をとおしてその心を見、その心の上に物の調和を味わう」達人として描かれています。その利休が雲山という茶入れの壺に持ち主の「執着」が乗り移っていて、イヤな感じがする、とあります。

 思い入れが物を変質させて、第三者に伝わるかどうかは別にして、有名人の所有物にプレミアムが付くのは、ファンがその物に人を感じるからです。でも、利休はこの話ではおそらく美しい物に対しては執着ではなく愛情をそそぐべきだと言いたかったのでしょうね。

Hachisu  さて、写真は極楽の花、ハスです。ハスの語源はハチス。花の咲き終わった後の実がまるで蜂の巣のようなのでそう名付けられたようです。と、見るとハスの花の中に奇跡的に蜂が‥。大きな葉の重なりから垂直に立ち上がってパッと咲くので、この世のものでないような感じですね。利休なら「結構しごくじゃ」とほめるでしょう。

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2008年6月25日 (水)

薄田泣菫「利休と遠州」~前編

 今日の朗読音声は薄田泣菫の「利休と遠州」の前編です。千利休の時代に、茶道具の収集に熱心な数奇者(すきもの)と呼ばれる者達がいました。その一人が、雲山と呼ばれる茶入れのお墨付きを、何とか利休からもらおうとしたことから端を発する悲喜劇を描いた作品です。和風の効果音を配して、おかしみだけでなく、形ある物に振り回される人間の愚かしさや虚しさが感じられるよう工夫してみました。茶入れとは抹茶を入れる陶器製の壺のこと。また、作品中に何度も出てくる肩衝(かたつき)は肩が張ったような壺の形の呼び名です。

Ochashitu  私の勤めるクリニックに隣接した健康増進施設にもお茶室があります。格調高いお茶の世界も体験できますが、それよりも気軽に静かな癒しの世界を味わっていただこうという趣向です。自然農法産の抹茶「浮橋」とお菓子のセットで300円という手軽さで、どなたでも楽しんでいただけます。各種健康法の合間に一息ついてもらうのに最適です。茶室の外には里山を眺める小さな茶庭があり、大自然と緻密な自然美のコントラストの妙に感心する方も少なくありません。

Chaniwa_2

 さて、元々中国では僧たちが座禅の眠気覚ましにお茶を飲んだそうです。「利休と遠州」はフィクションですので、利休の人となりは実際にはわかりません。しかし、茶の湯の世界を茶道という芸術にまで高めた利休の功績は今も称えられています。現代人の生活にはリフレッシュと癒しのためのお茶の時間が欠かせません。お茶の味や香りだけでなく、会話やお菓子を楽しめて、疲れがとれコミュニケーションまで良くなる、最強のリラックス法happy01ですね。

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2008年6月16日 (月)

新美南吉「蟹のしょうばい」

 今日の朗読音声は新美南吉の「蟹のしょうばい」です。「二ひきの蛙」と同じようなユーモラスな動物ものです。その雰囲気にあわせて、今回は合いの手のような効果音を数ヶ所入れてみました。登場人物の声に、あのジャイアンとハクション大魔王を、フューチャーではなく、微妙に物まねしてみました。終わり方もひと工夫しましたので、最後まで聞いてみてください。

 朗読としては邪道かもしれませんが、ポッドキャスティングのリスナーが100人越えましたので、中には気に入ってくれる人がいるのではないかな、と思っています。少しずつ慣れてきたせいか、欲張ってデジタル録音機を購入したくなりました。

 さて、今回のリラックス法happy01は、小動物を飼う、ということです。今まで何度か沢ガニを飼ってみました。なかでも一代目の蟹がとてもユニークで、長い間楽しませてくれました。深夜になると、カサコソと活動し始めるのですが、水槽の石を様々な形に積み上げたり、左右のハサミを組んで何やらお祈りしたり、何しろ面白いのです。それが個性のようなものに感じられて、愛着が湧いてきます。

 それから、いま飼っているコッピーという、小さな密封した水槽で数年生きている熱帯魚は太郎という名前で呼ばれています。これも、家族によると個性があるようで、眺めていると何とも言えない面白みを感じるそうです。

 小動物も「いのち」に変わりありません。飼うからには愛情をもって接することが大切です。そうすれば、御礼にあなたの人生を豊かにしてくれるはずです。

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2008年5月30日 (金)

新美南吉「歌時計」

 今日の朗読音声は新美南吉の「うた時計」です。うた時計というのはオルゴールのことだそうです。野中のさびしい道を歩く少年に、同じ方向へ向かう男が声をかけます。道々話をしていくうちに、意外にも二人には接点があって‥という内容です。今ではありえない光景で、昭和世代の心をなつかしい郷愁(ノスタルジア)へと誘います。(C)MP3 by Saya Tomoko

 豊かに、そして便利になった平成という時代。確かに町には物や音や情報があふれています。それらを欲しがる気持ちを「物ごころ」といいます。私たちは二三歳過ぎる頃に「物ごころ」に憑(つ)かれ、それと葛藤しながら大人へと成長していきます。

 でも、物や音や情報は吸収しすぎると内臓脂肪のように自らを傷つける毒になるかもしれない、と感じています。もちろん、必要なものですから、うまくコントロールできれば良いのですが、‥。

Hashiruko  簡素なスローライフをすすめると皆さんは「いいねえ。こんな生活をすれば健康になるし、病気なんて治っちゃうんじゃないの」と言葉では言うのですが、でもそれを行う人はあまりいません。おそらく、童話の世界を垣間見たような気分なのだと思います。私も昔は「現実にはありえない生活」と思っていました。そんな生活を続けていると人間だめになるんじゃないかと。でも、そうではなかったのです。

 現実に原油の値上げで社会の基盤が揺らぐのを見ると、物ごころをコントロールしているつもりになっているだけで、もう実は後戻りできないぐらい肥大化させてしまっているんじゃないかと心配になります。

 「うた時計」の少年の素朴さや純粋さは、現代人にとって「現実にはありえない」もので気恥ずかしささえ感じるでしょうね。でも、それが男の暴走を止めるのです。まるで天使がそのためだけに舞い降りてきたように‥。 

 

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2008年5月26日 (月)

新美南吉「二ひきの蛙」

 今日の朗読音声は新美南吉のユーモラスな小品「二ひきの蛙」です。効果音・BGMに加え、朗読の世界ではおきて破りの試みをしてみました。それはナレーターである地の文の読み手を登場人物に仕立てあげてしまったのです。短い作品でファイルも小さいので是非聞いてみてください!

 緑の蛙と黄色の蛙が冬眠前にケンカしてしまい、翌年冬眠からさめた二ひきは‥という内容です。地の文は「おかあさんといっしょ」のポロリ風、黄色い蛙がグーフィー風など声を演じ分けています。

 さて、今日のリラックス法happy01は睡眠の活用です。今日やるべき事は今日やる、という心がけはとても良いのですが、明日会って話せば良い事を思いつきでメールしてしまい失敗したことはありませんか。特に感情が高ぶっている時、疲れている時は一度スルーし、睡眠をはさんで翌日に対応すると、気分が違って結果も良いのです。それから居眠りの上手な利用方法。昼休みなどに短時間居眠りする練習をすると、頭も体もスッキリとリセットできます。でも、夜更かしが原因なら、そちらの修正が先です。

Nihikinokaeru  写真は大仁瑞泉郷のある浮橋地域の田圃と「二ひきの蛙」イメージを合成しました。5月の連休あけには田植えが進み、鏡のように周囲の山姿を映し出す田園風景になります。夜ともなると蛙の大合唱を聞こえますが、私たちにとっては騒音ではなく不思議に癒されるんです。

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2008年5月23日 (金)

横光利一「春は馬車に乗って」その2

 横光利一「春は馬車に乗って」の後半部分です。横光は妻の君子を結核で失っており、フィクションが混じっていても、実際を反映したものだと思います。

 現代は介護地獄という言葉がよく使われます。しかし、戦前は結核で家族を介護するのは当たり前でした。それも若い世代が倒れ、家族も感染や死の恐怖を感じながら介護していたのです。恐らく、横光夫婦のように消耗戦になってしまう場合が少なくなかったでしょう。考えてみれば、これは現代にも通じる「在宅介護小説」と言えるかもしれません。

 前半では、理性的な夫と感情的な妻の間に交わされる会話が、お互いを傷つけあっている感じで、聴く方もしんどいと思います。しかし、実は二人は心の底では深く愛し希求しあっていることが、後半部分でわかってくるのです。

Umibe_2  最後の場面で、あれほど運命に翻弄され、切り裂かれそうになっていた夫婦が、やがて来る死を受け入れることで心が共鳴しはじめます。印象に残る美しい名シーンですが、読者も緊迫感から一気に解放された気持ちになります。「困難からの脱却」「争いの和解」というテーマの小説や映画を見ることで、悲劇であっても精神の解放感(カタルシス)を得ることができるのです。重さを感じてしまう人も何度か聞くと印象が変わるかもしれません。

 BGMではラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」を使用しましたが、最後の場面で妻は亡くなってはいません。横光にはもう一つ君子を題材として「花園の思想」という作品があります。写真は静岡県御前崎の海岸です。(C)MP3 by Saya Tomoko

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2008年5月22日 (木)

横光利一「春は馬車に乗って」その1

 今回から二回にわたって横光利一「春は馬車に乗って」の朗読音声をお送り致します。会話の部分が多く、ほとんどラジオドラマのようになりました。内容は結核におかされた若い妻を看病する夫の苦悩の日々を綴ったものであり、たいへん重い内容です。緊迫した場面が多い、この小説を選んだ理由は次回に明らかにします。

 横光利一は川端康成と同じ新感覚派に分類される小説家です。現代的な文体から、これが昭和元年に作られた作品とはにわかに信じられません。また、特徴的なのは映画的手法が使われていることです。当然、音声にするとラジオドラマ風になってしまうわけです。

 今回もM-BOXから音楽を使わせていただきました。選曲や編集はこれから少しずつ腕を上げていきますので、温かい「耳」で聴いてくださいね。(C)MP3 by Saya Tomoko

Fujiyukeim  さて、左は一昨日の夕方、この時期には珍しく残雪の富士山が我が家から見ることができ、美しい夕焼け空とともに写真におさめたものです。家族そろって富士山が好きで、障害物が無く眺められる、この土地に定住してしまいました。朝焼けの中の富士山はもちろん、満月の月明かりの中で白く浮かび上がる姿もまた幻想的です。なぜ日本にはこのような美しい山があるのか不思議です。それを見ることができる幸せに感謝! 

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2008年5月 9日 (金)

若山牧水「比叡山」その2

 若山牧水の「比叡山」後半部分です。前半は夜の場面が多く、陰にこもる傾向があるのに対し、後半は陽のイメージが加わっています。宿泊所がなくて困っている牧水に救いの手がさしのべられます。そこで高齢の寺男との出会いがあり、それについて牧水は「山寺」という続編まで作っています。よほど心にしみた出来事であったようです。(案内地図

 この時代の平均余命は40歳前後で、牧水は43歳で亡くなりました。ところが、ここに登場するお年寄りは当時の超高齢者で、一人は酒で身代をつぶし、現在は身寄りのない独居老人です。現代社会の先取りのような一編です。

Bokusui  それでも昔は、お年寄りは長年の智慧や経験を持った長老として尊敬され、実際に地域社会の長としての役割を担っていたと思います。ところが、現代のようなマニュアル社会では、そうした智慧や経験を手取り足取り若者に伝えるシステムが失われてしまいました。お年寄りは余生を自分で勝手に楽しんでよい代わりに、自信や後進からの尊敬の念を得られにくくなっています。

 牧水は石川啄木の死を看取り、その後の葬儀もろもろのお世話をしました。そこには友情はもちろんのこと、弱者や敗残者と呼ばれる人々へのやさしいまなざしがあったのだと思います。また、晩年定住した沼津の千本松原を愛し、伐採に反対するような文章を新聞に寄稿しています。そして、次のような歌も詠んでいます。

 松原のなかの老木の枯れたるを伐(と)る音きこゆ昨日も今日も

 枯れた老木であっても伐採の音がグッと胸にこたえたのかもしれませんね。そんな牧水の「やさしさ」に触れることが、私のリラックス法happy01の一つなんです。 

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2008年5月 8日 (木)

若山牧水「比叡山」その1

 今日の朗読音声は若山牧水「比叡山」その1です。これは大正期の旅日記、いわゆる紀行文です。以前にもお伝えしましたが、牧水の文章は独特な味わいがあって、気に入っています。そればかりではなく、牧水は各地で歌を詠みながら、名所旧跡を踏破し、酒を飲み、人と交流し、現代人とは違う価値観で旅を楽しんでいるので、より一層面白いのです。

 旅にはハプニングがつきものです。今回の「比叡山」でもいきなりのピンチ!があり、はじめは牧水も嫌気が指しますが、だんだんトラブルに慣れていきます。

Natureview  そして、旅には出会いがつきものです。何故か牧水が出会う人達はキャラクターの濃い、愛すべき人物が多いのです。ここでは老婆、子ども、老爺(ロウヤ)などが登場しますが、それぞれとの一期一会を楽しんでいるかのような描き方がされています。

 更に、旅には風物が欠かせません。美しい景色があり、天候や四季によって自然の移りゆく姿があり、その土地の食事や酒があり、そしてそこに住む鳥の声などがあります。牧水はどれもおろそかにせず愛情を注ぎながら丁寧に描き出していきます。

 是非、牧水の「旅のこころ」に触れてみてください。

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2008年5月 6日 (火)

舞台劇「天国と地獄」

 今日は私のオリジナル舞台劇「天国と地獄」の朗読をお送り致します。これは次のような「天国と地獄」についての説話を元にしています。

 まず、地獄に行って来た人の話です。そこは宴会場でご馳走を目の前にして人々はケンカをしています。見るとそれぞれが1メートル程の長い箸を持っており、せっかくの美味しい料理も自分の口に入れられないようなのです。

 次に、天国に行って来た人の話。まったく同じ状況なのに、争いもなく、みんなで料理を堪能しています。それは長い箸を使って席の向かいの人の口に料理を運んでいるからで、誰も食いはぐれることがありません。

Fufu1  昔から知っていたものの、若い頃は話のネタぐらいにしか思っていませんでした。しかし、色々経験した今では、人間の幸・不幸はその人のとらえ方・処し方によってずいぶん影響されることがわかり、よくできた話だと思っています。

Fufu2  今回の舞台劇「天国と地獄」は二つの家庭の何気ない日常生活風景を描いたもので、恐ろしい事件は何も起こりません。しかし、人生にはその人の考え方や言動やコミュニケーション次第で、地獄的にも天国的にもなる「分かれ道」があるのかもしれない、と感じて創作しました。

 はじめて朗読音声に音楽を挿入してみました。10年以上HPのBGMでお世話になっている【M-BOX】のフリー音源を使用しています。お楽しみ下さいhappy01          (C)MP3 by Saya Tomoko

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2008年5月 2日 (金)

セロ弾きのゴーシュ その3

 子どもの頃は「セロ弾きのゴーシュ」をあまり好きになれませんでした。動物たちに対する仕打ちや言葉から、ゴーシュは「イヤな人」としてしか見えなかったのです。また、その孤独な境遇に同情するよりも目をそむけたい感じがしました。ですから、ゴーシュの演奏がほめられるほど上達しても「そんなの関係ない」わけです。

 ゴーシュは数日間かけて、その内面が変わっていくのですが、それも理解できずに「相手によって対応を変える人」ぐらいにしか思っていませんでした。

 それから最後の場面でゴーシュはかっこうにだけ謝っています。でも、猫や狸の子に対しても充分ひどい言動があったはずで、子ども心に納得いきませんでした。(それについては最近新説が出されているようです)

Nightclinic  しかし、大人になってみると、ゴーシュの偏屈さや不器用さが誰にでもありうることだとわかってきます。その彼が夜ごとの訪問者と接するうちに、数日で野ネズミに慈悲の心を表すまでに変わっていきます。彼は自分の変化に気づいておらず、演奏会のアンコール曲を弾いた後の周囲の反応でやっと気づかされるのです。だから、今では逆に愛すべき素敵な物語と感じられるようになりました。

 宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」に「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉があります。他人との交流によって人はこのことに気づかされるのだ、というメッセージが「セロ弾きのゴーシュ」にこめられているのかもしれません。

 だから、あの憎たらしい猫catさえも自分を幸せにする使者の一人だった、とゴーシュ君はうすうす気づいているに違いない、今の私にはそう思えるのです。

 (写真はクリニックの夜景です。建物全体が飛翔する鳥のイメージで設計されたので、山へ飛び立とうとするかっこうの姿をほうふつとさせる‥でしょ?coldsweats01

 

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2008年5月 1日 (木)

セロ弾きのゴーシュ その2

 宮沢賢治の生誕100周年の夏に家族で岩手旅行をしました。奇しくも私の年齢が、賢治の亡くなった37歳になる年だったと思います。もう12年も前のことです。

 講演会・健康相談や視察を織り交ぜながら、知人の案内で岩手各地を回りました。そのしょっぱなが賢治の生まれ故郷である花巻市だったのです。

 偶然にも、賢治の教え子で、今は農学者の方からお話をうかがう機会がありました。もうかなりのお年でしたが、宮沢賢治先生への敬慕の念を持ち続けていたのには驚きました。変人で嫌われていたわけではなかったのです。

Yodakam  私も大人になってからの宮沢賢治ファンで、パロル舎偕成社の大型絵本を買い集めていました。そこで知人に頼んで、賢治ゆかりの地を訪れることにしました。「宮沢賢治記念館」では賢治の「農民芸術概論綱要」を買いました。少し高台にあって、テラスから遠景で、北上川がゆるやかなカーブを描いてこちらに流れる姿が眺められたのを覚えています。そして、賢治が農耕生活をし、付近の農民達に農業や芸術を教えた「羅須地人協会」という建物も見ることができました。

 さらに岩手の最終泊した旅館で賢治の生涯を描いた地元出版社のマンガ(岩手日報社)を手に入れました。それが良くできていて、今でも時々読み返していますが、読むたびに何だか切ないようなジーンとした気持ちになるのです。

 それだけのことですが、振り返ってみるとその旅で宮沢賢治と深い心の交流ができたのではないかと思います。というのは、その旅の途中で短歌を詠み始め、無趣味であった私がイラストや童話を手がけるようになったからです。そして、今、私は農業と芸術に関わりを持った仕事をしています。まるで、かって宮沢賢治に教えられた生徒が大きくなって、その教えを守り実践しているような感じです。

 今日のリラックス法happy01は趣味をテーマにした小旅行を楽しむ、です。作歌やスケッチのため、陶芸の里・美術館・史跡などを訪れるため。日常生活のリズムを変えると、今までに経験したことのない新しい世界や自分が発見できることでしょう。

   

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2008年4月30日 (水)

セロ弾きのゴーシュ その1

 今回から3回に分けて、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」朗読音声をお送り致します。

 この本を朗読音声にするのは二度目です。今から二十年以上前、妻が出産のため実家に戻った際に録音テープを持たせあげたのです。当時、NHK FMで深夜放送されていた「クロースオーバーイレブン」という看板番組がありました。音楽の合い間に津嘉山正種さんなどの渋いナレーションが入るのが、静かな夜にぴったりでした。そこで「セロ弾きのゴーシュ」の朗読とサティの曲を組み合わせてオリジナルテープを作りました。

 離れて暮らす妻はもちろん、いつも声をかけていたお腹の中の子どもへの配慮でもありました。産まれた後に私の声にすぐ反応してくれたのを見ると、「効果はあった」と信じたいと思います。

Dakimakuram  さて、今日のリラックス法happy01は、「母親の胎内にいる自分を想像する」です。産まれる前の記憶が残っている幼児がいます。その子たちに聞くと、母親の胎内は温かく安全で快適な環境のようです。孤独感や不安感におそわれた時に、自分が母親の胎内にいることをイメージしてみてください。

 温かい柔らかな毛布の中で横たわり、背中を丸めて膝をかかえるようにして、目を閉じてください。枕に耳をつけて自分の心臓の鼓動に集中してみてください。お母さんのお腹の中でも同じリズムを感じていたことでしょう。うまくイメージができれば、世界と自分とがヘソの緒でつながったような安心感を覚えると思います。

 ちなみに、娘が言葉を話せるようになってまもなく、「お母さんのお腹の中にいた時のことを覚えてる?」と聞いてみたことがあります。娘はちょっと小首をかしげて考えてから、「そんな昔のこと、忘れちゃったわ」と困ったように答えました。

 

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2008年4月24日 (木)

パンかび

  寓話「人はパンのみに生きるにあらず、されど」

Pankabi1_3  ある日、Xの相談室にカビの生えたパンを持ってきた相談者がいた。「このパンにカビが生えてしまった。憎いのはカビである。このカビさえなければこのパンは最上等のパンであり続けたのに。先生、どうかこのパンのカビをなくしてしまって下さい」Xはすぐさまカビの生えた部分を削ぎ落としたので、相談者は感謝して帰っていった。

 数日すると、再び相談者は先日のパンを持って来た。「先生、また、カビが生えてしまいました。全く、どういうわけでしょうか。カビの奴、この世から抹殺してしまいたいぐらいです」Xは今度はパンに漂白剤入りのカビ落としを塗った。相談者は一段と感謝して帰っていった。

Pankabi2_2  しかし、ほどなく相談者は例のパンを持って訪れた。「先生、前の処置は本当に効果があったのですが、やはり時期がすぎればこの通りです」Xはもう一度同じ処置をしてから、相談者の家のカビを追放すべく、防カビ剤を散布することをすすめた。

 く、相談者は見えなかった。Xはやれやれと思っていたが、外出先で目を充血させてゲッソリやせた相談者に出くわした。「おかげでカビは生えません。いえ、ご心配なく、ただ防かび剤の匂いで眠れないだけなのです。でも、本当に見事にカビは生えないのです。いつまでもパンはきれいなままです

Pankabi3_2  ところが、相談者の親戚がXのところへやってきた。どうやら、パンを食べたかして、相談者が全身衰弱状態で入院してしまったというのである。カビ以外の菌が原因か、また塗り続けた防カビ剤のせいか、はたまた、カビを恐れるあまりノイローゼになったのか、原因は不明だったが、いずれにしても親戚達はXに責任があるのだろうと言う。Xは毅然として答える、「あの方はカビをどうにかしてくれと相談しにいらっしゃった。パンをいつまでも食べられるようにして下さいとは言わなかったので、やるべきことをやったまでである」と。

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2008年4月17日 (木)

童話に親しむ

 大人になると童話を読むことは滅多にしません。でも、誰の心にも子ども時代に読んだ本はなつかしく、印象深く残っているものです。あらためて、読み直してみると、自分が成長する過程で失ってしまった純粋でキラキラした部分がよみがえることがあります。

 私の子どもが小学生の低学年の頃のことです。仕事の休みを利用して、子どものクラスに絵本の読み聞かせをしにいくのが楽しみでした。当たり前ですが、妖精や神様が出てくるような絵空事であっても、理屈にあわない筋であっても、じっと聞き入ってくれます。おかしい時は笑い、シリアスな時は真顔になる、そんな子ども達の表情を見ているだけで、こちらも純粋な気持ちになります。

Kaba Kitsune Yukei

さて、今日は私の作った寓話「泣き虫カバ先生」を紹介しましょう。このお話は、診療中にもしょっちゅう泣いてしまうカバのお医者さんが主人公です。そのカバ先生が、地震被災のニュースを聞いてから、涙が止まらなくなってしまいます。出入りの製薬会社のキツネさんが心配して、感情をコントロールできる薬を持ってきてくれます。ところが、その薬の副作用で、今度は顔が無表情になり、笑うことも泣くこともできなくなってしまうのです。さて、困ったカバ先生は‥‥。

 上の絵は医療事務をしている「いけやしほ」さんが描いてくれました。どこにもいないはずのカバ先生を通じて、あなたは何を感じ、何と出会うのでしょうか。

 今回は朗読の音声を貼り付けてみました。ポッドキャスティングというサービスで、i-Podなどでも聞くことができるようになります。あなたにとってリラックス法happy01の一つになってくれればいいな、と思っています。 

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2008年4月10日 (木)

詩を楽しむ

中原中也の詩に「月夜の浜辺」があります。学生の頃に知って以来、時々口ずさむお気に入りの一編です。これも私の大切なリラックス法happy01です。皆さんにも御紹介いたしましょう。

 月夜の浜辺     中原中也

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に 落ちてゐた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ