音楽

2009年3月 9日 (月)

relax031 音楽②

Ongakus  疾患や障害を持っている方に対して、音楽が癒しの力を発揮する方法として音楽療法があります。写真は奥熱海療院での音楽療法デモ風景です。聖路加病院の日野原重明先生がその資格化に取り組みましたが、それには音楽に対するひとかたならぬ思いがあったようです。私も十数年前に音楽療法のワークショップに参加し、日野原先生のお話をうかがった覚えがあります。

 現在は主に日本音楽療法学会によって音楽療法士が認定されます。学会では音楽療法を科学的にとらえ、一定の効果をあげるための技術向上を目指さなければなりません。一方、現場の療法士は心の交流や感動体験によって結果が左右され、必ずしも科学的な枠組みでとらえきれないものを感じているようです。

 昨年の日本スピリチュアルケア学会で97歳の日野原先生の基調講演を聞く機会がありました。そこで御自分の臨終の場で流す音楽はフォーレのレクイエム(鎮魂ミサ曲)にしてもらうんだ、と楽しそうに話されていました。できれば、その音楽を聴きながら、「いのち」をいただいたことへの感謝の一言を残して、最期を迎えたいというのです。

 これは音楽がもたらす天にも昇るような気分を先生が常々感じていることを表したものだと考えます。専門用語では芸術的至高体験とか自己超越的体験とか呼びますが、要するに理屈で説明のつけようがない「感動の嵐」体験です。

 ですから、音楽療法ではプチ至高体験がもたらされる可能性がある、と思うのです。YouTube動画でフォーレのレクイエム(ヘイリー・ウェステンラのlive)をお楽しみください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 7日 (土)

relax031 音楽①

 音楽に癒しの力があることは確かです。音楽を聴くと、その歌詞やハーモニーやリズムによって心がページをめくるように変わります。しかも、各人にあった音楽があり、オペラが好きという人もいれば、嫌いという人もいます。

 気分が落ち込んだ時に聞くと元気になる音楽、興奮している時に落ち着かせる音楽、朝や夜の時間を過ごす音楽、勉強の際の音楽、家事がはかどる音楽など、自分の生活の場面にぴったりはまるものを自分で見つけてオリジナルのプレイリストを作成すると良いでしょう。

Musicfamily  携帯プレーヤーや自分の部屋で音楽を聴く現代人にとって、音楽はかなり個人的な体験となっています。しかし、同じ音楽を聴く複数の人が同じような感情を共有することもできます。たとえば、教会でのミサ曲は敬けんな気持ちや深く安定した気分をかもし出します。アイドルのコンサートでは明るい昂揚した気分、極端には興奮状態へと引き上げられます。音楽の起源とは、こうした集団の感情の表出法やコントロール法にあったと思われます。

 原始時代、まだ言葉が充分発達しない時代に、集団で喜びや悲しみを表現するために歌声による音楽が自然発生的に生まれたに違いありません。そこで声を共鳴させたり、歌と手拍子などを合わせることで、心の交流がはかられ、充足感がもたらされることに気づいたはずです。そして、更には仲間の死を悼む歌で心の浄化(カタルシス)をはかったり、ストレスを発散させて争いを回避したり、逆に気持ちを鼓舞して闘いの場に向かったり、と音楽は集団生活を送るのに不可欠なものになってきたと想像されます。

 つまり、音楽はその聞こえている範囲の人を引っくるめて、大きな「場」を生み出す特別な力があり、古代から人はそれを経験的に知って、利用していたわけです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月29日 (水)

大仁のPVを作っていただきました

MOA和や会のいんかのめざめさんが「大仁はやさしい光」の動画を作成してくださいました。感謝!

歌詞に沿って大仁瑞泉郷の四季折々の姿を紹介していて、勝手にPV(プロモーションビデオ)と呼ばせていただきました。以下に動画を貼り付けましたので、是非楽しんでください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

テーマ曲?「大仁はやさしい光」

Jaket_3  昨日は大仁瑞泉郷花まつりに3000名が来場!健康法も100名以上の方が体験され、リラックスhappy01効果を感じていらっしゃいました。今日も平日だというのに、400名の方が来場されました。さて、本日は大仁瑞泉郷のテーマ曲を目指して、勝手に私が作った歌「大仁はやさしい光」をお送りします。是非、お聞き下さいm(_ _)m

 大仁はやさしい光    作詞・作曲:さくまてつや 編曲:中橋通代・後藤聖 ギター:横井良充 ピアノ:後藤聖

大仁の光をあびて そぞろ歩く 池のほとり 芝桜 丘一面に かわいく 咲きそろった

大仁の風に吹かれて 仰ぎ見れば あかねの空 ちぎれ雲 山のかなたに いそいで 飛んでいった

 自分さえも 見失った 悲しき過去の涙 うち明ければ 聞いてくれた やさしき人も涙

大仁の雨に打たれて 大地にまく 希望の種 昨日までと違う自分が 確かに 生まれていた

 「いのち尊し この心だけを いつも忘れずに 歩いてほしい 命のかぎり 生きる意味がある」 心にひびく この言葉が

大仁はやさしい光 目を閉じれば 心照らし いつのまにか 苦しみも去り 笑顔が 戻っていた

 自分さえも 見失った 悲しき過去の涙 うち明ければ 聞いてくれた やさしき目にも涙

 こころいやす そのひとときが たしかに つよく いきるための ひかりになった

大仁の光をあびて 夢に向かい 歩き出した 道のりはまだ遠くとも 迷いはしないだろう

大仁は美しき土地 訪れれば 人は誰も 争いの言葉を忘れ 互いを 癒すだろう 互いを 互いを 癒すだろう

| | コメント (2) | トラックバック (0)