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2009年7月

2009年7月31日 (金)

宮沢賢治「雨ニモマケズ」三変化セット

 さて、今回は宮沢賢治「雨ニモマケズ」三つのバージョンをセットにしたものをお送りします。本当はもう一本、某政治家のモノマネで録音してあるのですが、選挙の時期なので自主規制しました。

Amenimotecho  色々な朗読方法をチャレンジしているうちに、手帳を開いては「雨ニモマケズ」を読んでいる賢治の姿が目に浮かんできました。詩として発表するつもりなら校正するでしょう。でも、写真を見てもわかるように、校正どころか、間違うことや迷うことなく、大きな字で堂々と書き下してあるのです。見事というか、天の声を受けてそのまま書いたのかと思うほどです。

 私は読むほどに励まされていくような不思議な感じがありました。逆立ちしてもできないようなストイックな生き方を謳った詩なのに、読み終えた時に前向きに生きていこう、また明日も生きていこう、と思えるのです。

 ということは、賢治だって自分で書いた言葉に励まされたに違いないのです。法華経の熱心な信者だった賢治も毎日揺れていたはずで、一瞬達観したかと思うと、迷ったり、自信をなくしたり、焦ったり、いろいろあったと思います。その時に「そうなんだよな-、そうやってボクは生きたいんだよね」と確認するために、座右の銘のように、しっかりした大きな字で、いつも身につけている手帳に書いたのではないでしょうか。だから、発表するつもりどころか、文学作品とも思っていなかった‥。

 朗読を終えて、そんな風なことを想像しました。お聞きになったあなたに賢治の気持ちが少しでも伝わることを祈っています。

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2009年7月30日 (木)

宮沢賢治「雨ニモマケズ」東北なまり版

 今回は宮沢賢治「雨ニモマケズ」東北なまり版の朗読音声をお送りします。蛙の合唱をバックにしたせいか、とてものどかな感じになりました。

 私は横浜生まれで、まったくの標準語しか話せません。長岡輝子さんの方言による朗読に感動して録音してみました。ところが、参議院議員の今野東氏が東北弁で見事に朗読しているのを知りました。プロのアナウンサーですから私がかなうはずがありませんが、比較して聞いてみてください。

 私の祖父が青森生まれで、一時同居していました。落ち着かない子どもだった私はしょっちゅう祖父からお小言をいただきました。何を叱られているのか、ほとんど言葉がわからず、祖父に甘えることはしませんでした。振りかえると祖父には気の毒なことをしたと思います。しかし、いま東北弁を聞くと、申し訳ない気持ちになるよりも、なつかしく、心が温かくなります。おそらく、それは私にも確実に祖父の血が流れているからなのでしょう。

 だからといって、東北弁で朗読して良し、という公認をいただいているわけではありません。ただ、東北なまり版の「雨ニモマケズ」は、気負わず自然体で「デクノボーやってみますが、何か?」という感じが出せました。

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2009年7月29日 (水)

宮沢賢治「雨ニモマケズ」アニメ声版

 さて、予告通り、今回は宮沢賢治「雨ニモマケズ」をアニメ声でお送りします。アニメ声という表現は地声でもアニメのような声という意味でした。これは演技なので、違いますね。

 今まで私は「雨ニモマケズ」を通常版のように読んでいたので、賢治の信仰理念をこめた重苦しい修行僧の詩だと思っていました。ところが、アニメのような声で読むと、また感じが違うのです。フツーの人がフツーの生活をしている中で、ふと誰もが、そんな生き方がいいな、という瞬間があるかもしれない、そう思えたのです。そうすると、ひどく身近な詩になってくるから不思議です。

 アニメ声版は私の「雨ニモマケズ」への見方をガラッと変えました。朗読するのが楽しくなってきました。さて、次回は東北なまり版、蛙の合唱入りです。お楽しみに!

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2009年7月28日 (火)

宮沢賢治「雨ニモマケズ」通常版

 今日から4回連続で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」朗読音声をお送りします。通常版、アニメ声版、東北なまり版、三変化セットの順で、様々な読みに挑戦しました。

 「雨ニモマケズ」は、賢治の遺品の大きな革トランクから発見された黒い手帳に書き付けられていました。弟の静六が賢治の死後、東京で開かれた「宮沢賢治友の会」席上で公開し、出席者は一様に深く感動したそうです。賢治の知人達の心を打ったのは、この作品が賢治の人となりをよく表していたからではないかと思います。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

 ヒドリとヒデリの二つの見解がありますが、ここでは原文通りヒドリを採用しました。
 これは詩なのか、作品なのか、座右の銘のようなものなのか‥、その話はまた後日。
 次回、アニメ声版をお楽しみに!

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2009年7月24日 (金)

relax038 趣味の小旅行にでかける

 今回のリラックス法は旅行。目的もなく行き当たりばったりで種々雑多な見所を訪れる旅行も楽しいのですが、趣味にテーマをしぼった旅行も味わい深いものがあります。たとえば、作歌やスケッチのため、陶芸の里めぐりのため、美術館や史跡・霊場めぐりのため等々。旅行で得られたものが普段の生活を彩ってくれるはずです。

Pict0075  旅の名人、若山牧水も作歌を理由に頻繁に漂泊の旅に出ました。そこには酒と自然が欠かせませんでした。旅は人生の縮図で、いくつもの人生を生きることができるのだと思います。だから、牧水の生涯は短くても、起伏に富み、充実感があったことでしょう。

 写真は一年前に大仁瑞泉郷の仲間達と長野の森林セラピー基地を回った時のものです。信濃町御鹿池散策のために、森林メディカルトレーナーに従って黒姫童話館の前で準備体操をしています。日常生活空間から離れてリラックスした様子が皆さんの表情からうかがえます。

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2009年7月19日 (日)

自家製農医連携事業

 さて、喜ばしいニュースが二つあります。

 一つ目は21年度有機農業モデルタウンの追加公募で、三島市有機農業推進協議会が採択されました。食育推進都市宣言をしている三島市のがんばりがまた一つ認められた形になりました。以前、御紹介した三島市の山田川流域里山再生事業で大仁農場も協力させていただいているため、喜びもひとしおです。

 もう一つは今年度の補正予算で農医連携推進事業に2億円を計上したのです。北里大学などの学から官へ、農医連携の輪が広がったことは大きな意味があります。

Kateisaien2009  さて、私も近所の土地を借りて、自然農法の畑を始めました。元はイタドリ、スギナ、カラスウリが繁茂していたところで、同じ地域の住民が機械で開墾してくれたのです。そこに鍬を入れながら、少しずつ丁寧に開墾し、畑にしているわけです。

 今日も熱中症にかかりそうになりながら、一畝作って野菜の種を蒔きました。今のところニンジン・二十日大根・枝豆・京菜・サニーレタスなどが収穫できています。まだ、開墾していないところもあるので、秋蒔きに間に合うようがんばっています。

 農薬・化学肥料は一切入れない自然農法菜園です。畝巾や株間を広くとり、コンパニオンプランツやマルチを利用しています。更に、初年度は堆肥さえも入れません。余った有機質が内臓脂肪のように溜まっていくとやっかいだからです。三年~五年で収量があがるようにし、また、連作試験も行いたいと考えています。

 同じ作物を植え続けることで病虫害が発生しやすくなるのが連作障害です。しかし、人間はほぼ同じようなものを毎日食べ続けています。食べ物が入り栄養を吸収する腸には腸内細菌が無数にあり、ちょうど畑の土壌と同じようです。連作試験の成功は健康的な食生活のヒントになるのではと考えています。

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2009年7月14日 (火)

自然観察ミステリーツアー

 財団法人環境科学総合研究所の樹医勝倉先生の自然観察セミナーの日がやってきました。真夏日となった今日は瑞泉郷ミステリーツアーと称して、涼しくなるスポットで珍しい草花を観察しました。

Kusaajisai  今日一番のおすすめはクサアジサイです。アジサイとは違い、低木ではなく草ですが、微細な花の集合体が可愛らしくて参加者一同たいへん気に入りました。アジサイは大きく目立った装飾花(実はガク)が特徴ですが、クサアジサイでは写真の右下にある形の異なった花びらだけが装飾花で、後は本物の真花です。何でこれだけなの?とまさに自然のミステリーを驚き楽しみました。

Ryouinsuiden  さて、ツアーの最後に勝倉先生と記念写真を撮ってもらいました。大仁農場の水稲班が今年がんばって拡張した自然農法水田をバックにしています。そのうしろの小高い丘の頂上には奥熱海療院が見えています。今年は農医連携の地をめざすぞ!という願いがこめられた一枚となりました。

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2009年7月10日 (金)

芥川龍之介「杜子春」その3

 今回は芥川龍之介「杜子春」の最終回です。修行中に魔性のものに殺された杜子春は地獄でもだんまりをきめこみます。怒り心頭に発したエンマ様は畜生道におちている杜子春の両親をムチで叩きまくったのです。息も絶え絶えに母親が語りかける言葉に、思わず杜子春は‥。

 黄金を与えても遊びほうけて使ってしまう杜子春。それも二度、いや親の財産を入れると三度。その杜子春に鉄冠子は小言を一切言わずに「感心にもののわかる若者」とほめています。そして、真面目に働くつもりのない杜子春が仙人の修行を望んだときに、一喝することもせず、取り立ててやる、というのです。かなりの特別待遇です。

 ところが、修行は一転して、これでもかというほど厳しく残酷なものになります。その中で杜子春は或る悟りを得るのです。

 実は黄金を与えてゼイタクをさせ、その後に転落させるという経験自体も仕組まれたものだったのでしょう。鉄冠子の目的が最初から杜子春の成長にあったのだと気付きます。それも頭から説教するのではなく、実体験から学ばせたのです。

Momonohana  エンディングの一連の鉄冠子のセリフがこの作品を名作の域に高めたのだと言えます。鉄冠子がただの酔狂で杜子春に関わったわけではなく、真剣な思いがあったことをうかがわせます。杜子春に対する深い慈愛に満ちた眼差しの理由を、彼が杜子春の家の守護神であったと考えると納得がいきます。杜子春が精神的に成長し、自殺や一家の断絶の恐れがなくなることは鉄冠子にとってこの上もない喜びなのです。

 私は児童用にリライトされた「杜子春」を読んだことを覚えています。人間の顔のついた馬が挿絵になっている地獄の部分は嫌だったのですが、エンディングはお気に入りでした。鉄冠子が杜子春にプレゼントした畑付きの家や桃の花が咲き誇っている桃源郷を想像したものです。杜子春や読者にとって地獄の情景を見た後だからこそ輝いて見えるのだと思います。

 私も杜子春のように色々な苦労や愚かな時代を経験して、大仁瑞泉郷にたどりつきました。だからこそ最高のプレゼントだと感謝しています。

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2009年7月 8日 (水)

芥川龍之介「杜子春」その2

 今回は芥川龍之介「杜子春」その第二回目です。二度までも大金持ちになりながら、ぜいたくな暮らしがやめられず、再び無一文になった杜子春の前にあの老人が現れました。こんどは「仙人になりたい」という杜子春の願い通り、人里離れた山で修行が始まります。

 鉄冠子という仙人が空を飛びながら気持ちよく歌をうたう場面があります。ほとんどの朗読サイトでは詩を読むだけで歌われておらず、無謀かと思いましたが、即興で歌ってみました。クオリティはさて置き雰囲気だけでも味わってください。

 明治の文豪の中でも芥川の作品は今でも読みつがれています。短編が多いこと、文章や構成が巧みで読みやすいこと、誰もが好む幻想奇譚が多いこと、そして、いつの時代にも通じる普遍的な題材を扱っていることなどが理由としてあげられます。特に、この杜子春には近代以後の日本人が抱える個人主義的な不安や虚しさがよく投影されていると思います。

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2009年7月 5日 (日)

芥川龍之介「杜子春」その1

 久しぶりに朗読ファイルをアップしました。芥川龍之介「杜子春」その第一回目です。BGMには二胡の音色が郷愁を誘う楽曲を使い、私にしては時間をかけてていねいに作成しました。無一文になって途方に暮れている杜子春の前に、怪しい老人が現れ、黄金の山のありかを教えてくれます。はたして杜子春の運命は転換できるのでしょうか?

 BGMにふさわしい著作権フリー素材がなかなか無かったのですが、(株)センターラインレコードから著作権つきの二胡の楽曲を見つけ、購入しました。朗読内容にぴったりで満足しています。

 杜子春は昔から好きな物語ですが、なぜ自分で好きなのかがよくわかりませんでした。でも、今回朗読してみてぼんやりとわかってきました。それについては次回以降に譲ることにしましょう。

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