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2008年12月

2008年12月30日 (火)

relax024 写真を整理する

Album  誰にでもいつか整理しようと思って放ってある写真があるものです。デジカメも次々とるだけとって見返していないものがあるでしょう。
 時間を見つけて、古い写真でアルバムづくりをしてみましょう。時間経過に沿って並べるだけではなく、テーマ別に再構成したり、コメントを添えたりすると楽しめます。

 人生の振り返りと同時に新たな発見ができるかもしれません。写真は目に見える物だけの記録だけではなく、その時の空気や気分を思い出させます。また、あなたの写っている写真があるということは、誰かが意志をもって写してくれているわけです。

 また、印象が薄い時期、辛くて振り返りたくなかった時期の写真もあるでしょう。しかし、現在の自分からその時期を見返してみると、その頃には思ってもみなかった解釈ができるものです。上手くすると、あなた自身で人生の物語をより良く塗り替えることができるかもしれません。そうすると印象が薄かった時期が懐かしく思えたり、辛かった時期のおかげで今の自分があることに気づいたり、意外な展開があります。

 もちろん、これがリラックス法として成り立つかどうかは、生々しい人生の出来事(ライフイベント)からのタイミングが関係します。いずれにせよ、写真を整理する、ということは部屋を整理することに似て、その後いかに快適に生活できるかが重要なポイントになります。

 さて、春からはじめたブログが今回の記事で99番目となりました。今日現在、YAHOOで「リラックス法」を検索すると、1600万件のうち何と5番目に位置するようになりました。これもひとえに訪れてくださった皆様のおかげです。来年は、リラックス法101の続きはもちろん、新たな企画展開を考えていますので、是非お楽しみに!では、良い年をお迎えくださいhappy01

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2008年12月29日 (月)

relax023 昔の写真・日記・ビデオ

Photostand  昔の記録を振り返ってみましょう。写真や日記やビデオを保存しておいて、毎年目を通します。昔の写真を飾るのも良いでしょう。フォトスタンドは時々写真を変えるか、何枚か飾れるものにすれば、あきがこないと思います。

 写真のリング式フォトスタンドは百枚の写真を気分によって変えられるすぐれものですが、ずいぶん古くなり、台紙が黄ばんでしまいました。残念ながらネットで調べても無いので、手作りするしかありません。

 ところで、アメリカ映画で家の暖炉やテーブルの上に家族の写真をたくさん飾っている場面がよく出てきます。何故なのでしょうか。

 まず、家族の結びつきが強く、家族を誇りにしていることの表れだと思います。米国では移民が多く、ルーツやファミリーを意識していかなくては生きていけないという歴史がありました。ですから、家族の写真はしまい込むものではなく、飾るものなのです。

 そして、子どもは毎年幼稚園や学校でピクチャーデイがあり、笑顔やポージングを学び、ブロマイド並の写真を撮ってもらえます。つまり、米国社会には写真撮影の習慣がしっかりと根付いているのです。

 日本ではそもそも住居スペースが限られています。そして、家族の写真を飾ることに気恥ずかしさを感じる人が多いのではないでしょうか。プリクラを貼ったり、携帯の待ち受けにしたり、その程度までです。今はアメリカでもデジタルフレームが売れているそうですが、これなら日本人の生活にも入り込めるかもしれません。   

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2008年12月28日 (日)

relax022 記念館・古民家・思い出の土地を訪ねる

Minka  古き良き時代のこころを思い出すと、色あせた記憶が生き生きとよみがえり、現在の目の前の景色も違ったように見えるでしょう。

Irori  現代生活のリズムはめまぐるしく、自分を見失いがちになります。反対に、一時代前のものは、なつかしく、温かく、ゆったりとした感じを呼び起こします。一瞬でもあなた自身の原点に戻れるような経験をすると、リフレッシュできます。特に、昭和の時代を思い出す記念館・古民家や思い出の土地を訪れてみることをおすすめします。

Hettsui  一番上の写真は大仁瑞泉郷の民家です。二百年前に作られた古民家を四棟移築したもので、そのうち一棟(瑞光亭)だけはまだ茅葺き屋根を維持しています。私が農場の産業医として赴任した時の勤務先でもありました。防災上、囲炉裏(いろり)は無く、冬は寒かったのですが、夏の涼しさは格別でクーラー要らずでした。

 その他の写真は職員が自宅の庭に作った古民家風の離れです。土間には泥でこさえたカマド(へっつい)、そして、一段上がった板座敷に囲炉裏があるのです。

 宮沢賢治の「猫の事務所」に登場する「かま猫」は賢治の創造語ではありません。カマドが普通にあった時代、猫は冬になるとカマドの近くに陣取り、火が消えるとまだ温かいカマドの中で灰まみれになって眠ったのです。時折、残り火に毛をこがしてしまう猫におかしみを感じた昔の人は「かまど猫」を俳句の季語にしました。残念ながら今では死語になってしまいましたが‥。

 年末年始の休みを利用して、そんな昔にタイムスリップしてみてはいかがでしょうか?

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2008年12月25日 (木)

relax021 手遊びを楽しむ

 子どもの遊びの基本は物に恵まれていなくても手軽にできるということです。手遊びは単純なのに無限の広がりがあります。影絵、じゃんけん、あやとり、おはじき、お手玉、折紙などなどバリエーションも豊富です。

 これまでに手でカエルを作る方法キツネを作る方法を図解入りでお伝えしました。

 今回はランニングフィンガーズです。Vサインの指先を下にして、二本の脚に見立てて走らせるだけの単純なものですが、これが馬鹿になりません。実にリアルな走り具合なので、携帯で撮った動画を確認してみてください。

 輪っかのポテト菓子を指先にはめて靴のようにして歩かせるとますます楽しいです。チャップリンが映画「黄金狂時代」で見せたロールパンのダンスのように、見る人を幸せな気持ちにするリラックス法です。

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2008年12月21日 (日)

relax020 絵本を読む②

 今回も「おすすめ絵本」を御紹介しましょう。
 「グリーフケア」とは大切な家族や友人を亡くして喪失感におそわれて立ち直れない人のための心のケアです。死などのいずれ迎えなければならない切実な事態をどうやって乗り越えるかを、「わすれられないおくりもの」などの童話はやさしく教えてくれます。

 他にマーガレット・ワイルド作、ロン・ブルックス絵「ぶたばあちゃん」(あすなろ書房)があります。死期をさとったぶたばあちゃんが孫娘と過ごす最期の日々を詩情たっぷりに描きます。二人の思い出を確かめ、互いに感謝の気持ちを伝え、これから一人で生きていく孫娘にバトンタッチをすませる、という理想的な人生のしめくくり方を通して、恐怖や絶望だけではない死の有り様を示しています。

 そして、ハンス・ウイルヘルム作「ずーっとずっとだいすきだよ」(評論社)は教科書にも載っています。生きている間に「愛している」という気持ちを伝えることで、愛犬との死別を受け入れることができる男の子の姿を描きます。

Yodakam  さて、子供も大人も笑ってしまう童話を紹介しましょう。
 アーノルド・ローベル作「ふくろうくん」(文化出版局)はあわて者の「ふくろうくん」のユーモラスでほのぼのとした日常を描いています。その姿を笑いながら、大人や社会が捨て去ってきた視点や価値観に気づかせられます。
 同じ作家で「ふたりはともだち」など、仲良しのがまくんとかえるくんを主人公としたシリーズもおすすめ。翻訳者は私の好きな作家の三木卓氏で、言葉づかいが巧みです。

 そして、ユージン・トリビザス作 ヘレン・オクセンバリー・絵「3びきのかわいいオオカミ」 (冨山房)は「3匹の子豚」の素敵なパロディー。3匹のかわいい狼にランボー者の悪い大ブタが襲いかかる!大笑いして、最後はハッピーな気持ちにしてくれます。昔、息子の小学校にこの本をたずさえて読み聞かせに行きました。隣どうし顔を見合わせて笑う子、最初から大笑いする子、最後にホッとしてやっと笑顔を見せる子、みんな最後まで引き込まれ、幸せな時間を共有できました。

 最後に芸術性の高い絵本。その中から宮沢賢治の作品を御紹介しましょう。まず、中村道雄・絵「よだかの星」(偕成社)。箱根細工のような組木絵が素晴らしい。
 そして、小林敏也さんの画本シリーズ(パロル舎)があります。通常のカラー印刷物は、基本色の点でさまざまな色を再現しています。しかし、このシリーズは版画のように、特別な色で一色ずつ印刷する「特色刷り」です。「銀河鉄道の夜」「シグナルとシグナレス」「猫の事務所」など渋いけれど賢治世界の質感を表現して秀逸だと思います。

 一生の宝物にできる絵本との出会いがあなたをリラックス法の達人にしてくれるはずです。

 

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2008年12月16日 (火)

relax020 絵本を読む①

Ehoncorner2  大人になると絵本を読むことはあまりしません。でも、誰の心にも子ども時代に読んだ絵本はなつかしく、印象深く残っているものです。あらためて読み直してみると、自分が成長する過程で見失ってきた純粋でキラキラした部分がよみがえります。また、子どもの反応を見ながら、読み聞かせしたり、絵本の朗読会を開いたりすることもリフレッシュ法の一つになります。 
 さて、ここでおすすめの絵本を二回にわたり御紹介しましょう。まず、林明子・作「こんとあき」(福音館書店)です。「あき」のおもり役としておばあちゃんのところからやって来た、キツネのぬいぐるみの「こん」。あきはこんと遊びながら成長していきますが、ある日古くなったこんの腕がほころんでしまい、修繕のためにおばあちゃんの元に出かけることになります。とてもリアルな質感なのに、これほど柔らかくて温かい絵で表現できるのは林さんだけだと思います。

 次に、斉藤隆介・作、滝平二郎・絵「モチモチの木」(岩崎書店)です。弱虫の豆太が急病の爺さまを助けるために、医者を呼びに一人夜道を走り抜ける。普段は臆病者と笑われてもいい、いざという時に愛する者を守ろうとする行動こそが本当の勇気である、というメッセージが民話的に語られます。切り絵が独特の雰囲気をかもし出しています。

 そして、 スーザン・バーレイ・作「わすれられないおくりもの」(評論社)です。みんなが頼りにし慕ってきたアナグマが亡くなり、その悲しみを受け入れ乗り越える過程を描いています。大事な人はその存在が消えても、縁のある人の心に思い出や交流として息づいている、というグリーフケアに適した内容です。

 写真は私の勤めるクリニックの診察室です。箱枠のような家具を重ねて、展示したい物をいろいろ並べたハートウォーミングコーナーを作っています。癒されます~confident

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2008年12月15日 (月)

サザンカの道

 大仁では落葉で森の見通しが良くなってきました。その中でサザンカ(山茶花)が咲き誇っています。童謡「たき火」を小さく口ずさみながら散歩します。

さざんか さざんか 咲いた道
たき火だ たき火だ 落ち葉たき
「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけおててが もうかゆい (巽聖歌・作詞、渡辺茂・作曲)

Sazanka  作詞は昭和のはじめ、東京郊外を散歩した際にできたそうです。NHKの依頼で曲がつけられましたが、真珠湾攻撃の翌日にはじめてラジオで放送されると、軍のクレームで放送禁止になりました。「たき火は敵の攻撃目標になるし、落ち葉だって貴重な資源だから」という理由でした。戦後、解禁され大ヒットすると、今度は消防庁からクレームが来たそうです。

 サザンカとツバキは似ていますが、見分け方があるそうです。①咲く時期が違う。前者は秋~冬、後者は初春②散り方が違う。前者は花弁がバラバラ、後者は花ごと落ちる③葉が違う。前者はギザギザが目立ち、後者は無い④その他、サザンカは葉柄や若枝に毛が生えているなどです。とすると写真はサザンカですね。まだまだ咲いていない蕾が鈴なり状態で、楽しめそうです。

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2008年12月14日 (日)

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

 今回の朗読音声は芥川龍之介「蜘蛛の糸」です。地獄で疲れ切った大悪党のカンダタのもとに、天上から蜘蛛の糸がスルスルと降りてきます。「地獄に仏」とそれを登り始めたのですが‥。結局、最後まで何故糸が降りてきたのかカンダタはわかりません。哀れというか愚か。「‥は死んでも治らない」

 子ども時代にはカンダタに同情し「もうちょっとだったのに」と口惜しがったものでした。そこまでしてあげたらなんで最後まで助けないの、とお釈迦様の救いの不徹底さにも憤りました。でも、それはカンダタが人を殺すほどの罪を犯しているとは書いてなかったせいかもしれません。

Tenshinokizahashi  いま読み直してみるとカンダタは後から登ってきた地獄の民を邪険にしなければ地獄から逃げ出せたようです。人を殺した大悪党がまさか他の者を助けるはずもなく、最初から落ちる出来レースだったんじゃない、と思うのは凡人の考えです。きっとお釈迦様は、カンダタが地獄で悔い改めて、その良心のかけらを成長させたのだとどこまでも信じたかったのでしょう。

 お釈迦様はそうならなかったからといって、カンダタを必要以上に責めたり、落胆しすぎたりして、地獄的に腐ったりはしません。それはカンダタが落ちた時点で「その心相当の罰をうけ」たので、それ以上でも、それ以下でもなかったからです。天国だけが美しく整然としているのでなく、地獄までも不公平なく秩序立っているんだとわかると、この小さな作品全体の印象が変わります。1と3は天国、2は地獄と別々の世界を描いたサンドイッチ構造。しかし、二つの世界がキラキラ光る蜘蛛の糸でつながって、一つの大きな世界を作り上げている様子がたくみに描かれているのです。

 そう考えると、恐ろしい闇の物語ではなく、美しい光の、または祈りの物語に思えるから不思議です。

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2008年12月 6日 (土)

relax019 シャボン玉を飛ばす

Shabon  シャボン玉の色、形、動きはやわらかく自由な感じです。シャボン玉の歌を歌いながら、飛ばして遊んでみましょう。沈み込んだ気持ちをシャボン玉にたくして、高い青空に吸い上げてもらえます。

 昔ながらのシャボン液は、ぬるま湯、洗濯のり、台所用洗剤(石けん)を5:4:1で混ぜ合わせるとできます。大きいもの、弾むもの、色つきのものも作れるそうですが、リラックス法ですからシンプルに楽しみましょうか。

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2008年12月 3日 (水)

relax018 粘土をいじる

 五感のうちで触覚が一番原始的な感覚と言われています。アメーバーのような原始的生物は周囲をさぐりさぐり、ウニョウニョと進んでいきます。ヒドラというイソギンチャクの仲間やミミズなどを調べると、私たちの脳や五感が触覚細胞から枝分かれし進化してきたことがわかります。

Sonoma1  原始人は自分を触って、ああ自分だと認識し、それから物や相手の人に触って、自分にとって安全な物かどうか確かめたのだろうと思います。ところが、今は電話で声を聞くだけ、コンピューターで文字を読むだけのコミュニケーションが多すぎて、触感がおろそかになりつつあります。

 触感を養うために粘土細工を授業に採り入れる学校も多いと聞きます。大人になるにつれて粘土にさわる機会は少なくなります。たまたま子どもの宿題の手伝いで大人が粘土に触れると夢中になってしまいます。そうそうこの感覚だ、と思い出します。骨董収集や陶芸までいかずとも、まず粘土いじりを始めてみましょう。

 造形を上手につくる必要はありません。粘土をこねたり、たたいたり、まるめたり、にぎったりするところからはじめてください。だんだん形をつくっていきたくなるでしょう。木のへらなどを使えば、凝ったものも作れます。でも、ここでは作品を残すのではなく、作るまでの過程を楽しむリラックス法です。

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2008年12月 1日 (月)

黄金の日々

Kouyou1  大仁瑞泉郷は紅葉・黄葉のクライマックスを迎えています。周囲の山が黄金色に染まるのを見るたびに、ザックザック財宝が心に湧いてくるような得した気持ちになります。特に、入り日の時間帯は山が燃え上がるようになります。宮沢賢治でなくても、金のドングリ達が大騒ぎしているのに会えそうです。

Kouyou3_2  作家石川淳は「諸国畸人伝」の中で芸術家・小林如泥の姿を圧倒的な筆致で描いています。如泥は夕方になると宍道湖に沈む落日のエネルギーを全身にいただいて、再び工房に戻り、それを作品に込めたのではないかというのです。

Kouyou2  ここでは太陽の沈む湖はありませんが、振り返ると反射鏡のように山全体が活気出すので、むべなるかな、と思うのです。一方、展望台(万象台)から見ると、秋枯れによってすっきりとダイエットされた庭園と紅葉のアクセントが良くマッチして、長くながめていても飽きずに楽しめます。

 気分の高揚に続く沈静化により、知らず知らず疲れが吹き飛んでいました。

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