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2008年5月21日 (水)

植物は天才である

 冬の庭の植物たちは一部を除いてほとんど息をひそめてしまいます。ところが、翌年の春から夏にまた同じ花に再会できることがあります。地上の茎や葉はすっかり枯れてしまっても、根が残っていて、そこから成長してくるのが宿根草です。ギボウシ、キキョウ、都忘れ、クレマチス、シャクヤク、スズランなどです。宿根草だと知ってて植えているのですが、でも顔を出すと「やあ、また会えたねー」と感激します。それも多くは二年目がぐっとゴージャスになります。

 次は球根植物です。水仙やムスカリやゼフィランサスは翌年に顔出すだけでなく、球根がどんどん増えて年々ボリュームアップしていきます。庭の持ち主は何も努力していないのに、これらの植物は律儀にも毎年姿を披露してくれて、庭造りを手伝ってくれます。

 その中でも一番驚くのは皇帝ダリア、別名木立ダリアです。5月頃、顔を出して半年ほどで4~5mの立派な木にまで成長して、11~12月にてっぺんの方で大輪の花を咲かせます。我が家では4年目ですが、今年は大丈夫かな?と心配するのですが、毎年しっかり出てきます。それも、朝見た時と夕方でははっきりわかるぐらい大きくなるんです。

Hatsuyuki2m Hatsuyukim

 宿根草よりも感動的なのは、一年草なのにこぼれ種から毎年成長してくる植物です。中でも定着率が良いのがハツユキソウです。花ではなく葉がレースの縁取りをしたように華やかで、長く楽しめます。どこに出てくるかわからない偶然性がまたいいのです。双葉も目立つので雑草と間違えて抜いてしまう恐れがありません。他にノースポール、マリーゴールド、トレニア、コキア(ほうきぐさ)などが、フーテンの寅さんみたいに必ず舞い戻ってくる植物たちです。

 「雲は天才である」というのは石川啄木の小説の題名ですが、いつも庭いじりするたびに「植物は天才である!」とつぶやく私。そのたびに何だか「世の中捨てたもんじゃないなあ」と前向きになれるんです。でも、植物を天才とする理由はまだまだたくさんあるので、シリーズ化して、いつか続編をアップします。

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