2012年5月25日 (金)

2012年初夏の大仁瑞泉郷

5月に入って何日か汗ばむような夏日を経験し、青葉が繁って森がこんもりし始めました。まずはツツジ山の様子をご覧いただきましょう。

Tutujiyamabanshodai

次はツツジ山をバックに洋風ボタン園。

Botantutujiyama

北側には藤棚があります。

Fujiroad

そして、療院周辺の散策道も森林浴ができるようになりました。

Shinrinyokusansakudou

散策に良い季節になりましたので動画を二本紹介しましょう。奥熱海療院の周辺には農場を一望できる万象台という展望台があります。まずはそこまでの道のりを鳥の声を聞きながら歩いてみて下さい。

次は健脚向きに用意されたアップヒルの道です。少し自信の無い方もノルディックウォーキングなら無理なく登ることができます。がんばったご褒美に天城連山や富士山が美しい姿を見せてくれるかもしれません。

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2012年4月26日 (木)

2012年春の大仁瑞泉郷②

大仁瑞泉郷の花まつりもいよいよ大詰めになりました。ゴールデンウィークには天候も回復して楽しめるでしょう。さて、洋風公園の様子をお伝えします。シバザクラと花桃が満開です。八重桜・ツツジ・ボタンはこれから見頃を迎えます。

Shibazakura21

Youfuukouen21

次は高台から洋風公園を眺めた構図です。

Takadai

大仁まで足を運べない人は次の動画で雰囲気だけでも楽しんで下さい。高台から撮影している時にウグイスの声と姿をとらえることができました。Vimeoでは臨場感あふれる高画質動画を楽しめます。

最後に大仁瑞泉郷内にある健康増進施設「奥熱海療院」の様子です。ここでは大仁の自然を生かした健康法を受けることができます。連絡道路から玄関に入り、エントランスホールと二階展望台までを紹介しています。

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2012年4月21日 (土)

2012年春の大仁瑞泉郷

今年も大仁瑞泉郷の花まつりが始まっています。まつりが開催されなかった昨年の分もあわせたかのように今年は格別にキレイです。

まずは洋風公園の様子です。

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次にともえ桜です。どうやら静岡県一の大きさをもつ桜のようです。

Tomoezakura1

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そして、クリニックの診察室花壇の様子です。

Shinsatsukadan

さて、最後に瑞泉郷と診察室花壇の様子をそれぞれ動画にしました。



大仁瑞泉郷の春の雰囲気がいくらか伝わったでしょうか。できれば実際に来て実感していただければと思います。花まつりはゴールデンウィーク期間いっぱいまで開催しています。入場料は要りませんが、駐車場料金が乗用車500円、マイクロバス1000円、大型バス2000円となっています。また、ペットの同伴はご遠慮下さい。

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2012年3月 9日 (金)

エッセイ「いのちのカタチ」①


福井の情報誌「乗鯨神来」3月号から連載エッセイ「いのちのカタチ」(季刊)が始まりました。シリーズというほど一貫性はありませんが、美に関して綴っていくつもりです。

今回は静岡県熱海市MOA美術館の門外不出の国宝「紅白梅図屏風」(尾形光琳)が仙台市博物館で2012年3月6日~25日公開されることに触れています。被災者の方々を癒したいという美術館側の願いがあると聞きますが、果たして芸術から人は何を受け取るのだろうかをつらつらと考えてみました。

「紅白梅図屏風」は独創的な構図や手法で現代でも注目を浴びている国宝です。昨年、東京大学理科大学(中井泉教授)研究チームの分析で、背景には金箔を、川には銀箔を施されたオリジナルの姿が明らかになりました。下の画像はそれに基づいて作成されたCG復元図です。

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乗鯨神来は雑誌だけでなく、インターネットでデジタルブックとして読むことができます。リンク先の第14号24-25頁です。また、目の不自由な方にも屏風の魅力をお伝えできるよう、今回朗読音声を作成しました。日本には守るべき国の宝が多数あり、その感動が新しい国のカタチを作り上げる原動力になりますように、心より祈っています。

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2012年2月19日 (日)

農医連携講演会

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 昨年は農医連携講演会を鶴岡・帯広・東京・弘前・仙台・函館などで行いました。今年はなるべく地元を中心にやりたいと考えています。先日は伊東市でNPO法人伊豆の風設立8周年記念講演会でお話をいたしました。その様子を伊豆新聞社が取材して記事にしてくださいました。

 農医連携は単なる「農業と医療の事業連携」のイメージがあります。実は、永続的に健康でエコな環境を確保していこうという、個人や社会の選択肢を提案するものなのです。北里大学ではすでに農医連携論という講義実習が開始されていますが、産官学民の協働で新しい学問・産業・施政・教育・ボランティアなどを生み出す可能性があると考えています。そこで「いのち(医農地)をつなぐ」というわかりやすいコンセプトでなるべく多くの皆さんにお伝えする努力を続けています。

 2月23日には命を大切にする小田原を創る会主催の講演会が開催されます。詳しくはリンク先をごらんください。講演会を実際に聴いていただいて、自分たちの地元でも開催したいという方がいらっしゃっいましたら、遠慮無くご依頼下さいね。

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2012年1月 6日 (金)

relax067 おいしい水を飲む

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 リラックス法の67番目は「おいしい水を飲む」です。

 人体の60%(新生児は80%)は水でできています。だから、水を飲むことは単にのどを潤すだけではなく、体の成分の入れ替えと考えてください。水無しでは人間は生きてゆけないのですから、いのちをつなぐためでもあります。

 とは言え、ここではリラックス法ですので、「おいしい水」を飲むこと自体を楽しんでください。もちろん、水質汚染が問題となっている今日では、「安全性」は欠かせません。

 ミネラルウォーターは色々ありますので、いろいろと飲み比べてみることであなたに合う水がどんなものかがわかってくると思います。軟水がいいのか、硬水がいいのか、後味はどうか、毎日飲んでもあきないか、料理にあうか、そして、お金をどれくらいかけられるか、など一度は検討してみてはいかがでしょうか。その結果、選ばれた水はあなたにとって極上のワインにも等しい価値あるものになります。

 大仁瑞泉郷のある伊豆の国市浮橋地区は昔から美味しい水が湧くことで知られていたようです。今はミロクという会社がプレミアム天然水として商品化しています。伊豆では他にも取水できる名水が色々とあります。

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2011年12月16日 (金)

寝付けない方へ~眠りへの誘い


 自律訓練法に続いては、寝付けない方のための睡眠導入法です。

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 良い睡眠は心の安定に不可欠です。不安や気持ちの落ち込みや気力低下は不眠から始まると言っても過言ではありません。初期の不眠に対してはセルフケアによる睡眠導入法を試してください。日中の自律訓練法と平行して行うと効果が高まります。

 ただし、すでに強い精神的な症状があり、腰を落ち着けてこれらのリラックス法を行うことができない場合は、まず精神科や心療内科を受診するようにお願いします。

 当院では自律訓練法とこの睡眠導入法を一つのCDにして希望者にお渡ししています。PCで聴く場合は音質を調整しないと音割れすることがあります。Windowsではコントロールパネルのサウンドを開き、デバイスの設定を変更してみてください。

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2011年12月12日 (月)

自律訓練法の実際②


 自律訓練法の第一・第二公式をマスターした後に行うのが、今回の公式「自然に楽に息をしている」を唱える呼吸調整練習です。喘息のような呼吸障害がある時にはうまくできない可能性があります。その場合は飛ばしても結構です。


 基本公式の最後は腹部温感練習で唱える「お腹が温かい」です。これも胃腸障害の際には症状を悪化させる可能性があり、その場合は避けてください。


 基本公式をマスターしましたら、自分でオリジナル公式を作る特別練習を行ってみましょう。これは自分が克服したいことや達成したいことを文章にして唱えるものです。例えば、あがり症であれば「結婚式のスピーチをしている」「上司の前でプレゼンをしている」など、簡潔で唱えやすく、現在形の肯定文で表現します。その他、早起き、ダイエット、運動習慣など色々試してみましょう。

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 自律訓練法は日頃のストレスを解消するだけでなく、ちょっとしたトラブルが起こっても心身のダメージを軽減することができます。基本が身につけば、その他にリラックスできる趣味やセラピーを続けられるようになり、生きがい自体をあげる効果も期待できます。

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2011年12月10日 (土)

自律訓練法の実際①

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 今回は自律訓練法の実際です。安静を保つ姿勢をとり、心の中で公式を唱えます。その内容は「気持ちが落ち着いている」や「両腕両脚が重たい」と行った自己暗示ですが、そう思うように努力する必要はありません。

 小学生でも簡単にできるため、「こんなことで効果があるのか」と先入観が邪魔をして始められない人がいます。また、せっかく始めても、二三日で「暗示にかからない」とあきらめてやめてしまう人もいます。まず、できるできないではなくて、毎日数分ずつリラックスタイムとして二三週間続けてみてください。


 これは基礎段階の公式「気持ちが落ち着いている」を唱える安静練習です。本来であれば自分の心の中でつぶやく公式ですので、音声を聴いた後に自分の心で繰り返してみてください。


 次に第一公式「両腕両脚が重たい」を唱える重感練習です。はじめから重く感じる必要はなく、リラックスしながら唱えるだけです。利き手側から始め、反対側の腕、利き手側の脚、反対側の脚の順序となります。終了時には必ず消去運動をしてください。


   次に第二公式「両腕両脚が温かい」を唱える温感練習です。重感練習をしっかりできるようになってから行うものです。各段階の目安は二三週間ですが、それにとらわれる必要はまったくありません。続けられる段階をじっくり行って下さい。

 一回の実践は数分間です。できれば一日に2~3回程度行えると良いでしょう。昼食後の昼休みと就寝前がおすすめです。

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2011年12月 8日 (木)

自律訓練法~はじめに

 スピリチュアリティシリーズ後半に行く前に、日頃心療内科で行っているセルフケアをご紹介しましょう。

 その一つ自律訓練法はドイツのシュルツ医師が開発し、日本の心身医学でも有効性が証明された治療法です。海外ではMind-body therapyという名称で補完代替医療として提供されていますが、日本では心身症に対してのみ正式な保険診療として採用されました。しかし、時間がかかることから、診察室では行われることは少ないようです。

 この自律訓練法は治療のみならず、日頃のストレスを軽減し、心身の健康増進をはかる方法としても効果があり、職場のメンタルヘルス向上策の一つとして取り上げられます。そこで、本ブログでは自宅や職場で誰もがセルフケアとして自律訓練法を行えるように、音声ファイルにしてみました。

 今回は準備と注意点についてです。音声は運転中や危険な所で聴かないようにお願いします。

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2011年10月24日 (月)

スピリチュアリティを読む

 これからケアをしようとする相手がどんなスピリチュアリティを持っているかを知ることは大切です。でも、その方法は思ったより難しいものです。たとえば、医師、看護師、心理職などの専門家は、ケアの前に様々な面談法や心理テスト・質問票を使って、論理的に順序立てて聞き取りたいと思うでしょう。スピリチュアル・ペインを抱えている人はそこに合わせることが難しい場合があります。

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 心の痛みを自覚して、そのケアを求めてくる人の場合とは違い、痛みを起こしているスピリチュアリティを自覚していないことが多く、システマティックにケアを受けることへの違和感があります。たとえばキリスト教社会では本人が「スピリチュアリティ」という言葉をわかって、その危機を自覚して、宗教家へケアを渇望する場合がありますが、日本ではそういうことはあまり望めません。聞き取りの目的を相手にわかってもらって、形式的な問答に協力してもらえる、とは限らないのです。
 それでも、専門家としてスピリチュアル・ケアを行おうとする人は知識や技法を学んでおくことが大切です。基礎があって応用も可能となります。特に言語的なスピリチュアルケアには、相手のスピリチュアリティを言語化しなければならないことがあります。また、言葉にならない言葉をつむぎながら、その人固有の物語を形にしていくには、時間や好機を味方につけなければなりません。効率や即効性を求めるファースト・メディスンの対極にあるスロー・メディスンと言えるでしょう。他にも、ケア提供者自身が人生経験を積み、人格を高め、自分を客観的に理解しようとする営みが必要で、これも一朝一夕では成らないものです。

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 しかし、本ブログではいたずらに敷居をあげるつもりはありません。医療に限らず、教育現場、職場、地域、家庭でスピリチュアリティを意識したコミュニケーションがとれる人を増やすことが目的です。そのために最低限必要なことをお伝えします。
 それは、人への興味と温かい思いを持ちながら、なるべく多くの人の物語を知ることです。市井の人と接し、その人の生きてきた道や考え方、幸不幸、好き嫌い、喜びや悲しみ、希望や悩みなどにただ耳を傾けます。そして、フィクションでもノンフィクションでもできるだけ多くの人生を、スピリチュアリティの視点で読んでみることです。

 ※ここまでのスピリチュアリティについてのブログ記事を順番に読みたい方は左枠のLINKSにあるスピリチュアリティシリーズ前編をクリックしてみてください。まだまだ連載は続きます。

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2011年9月22日 (木)

スピリチュアル・ケアの基本

 スピリチュアル・ケアはケア提供者が相手の考えや気持ちに寄り添うことが優先されますので、まず傾聴が基本となります。本ブログでは以前に傾聴について特集を組みました。左コラムのLINKSの傾聴シリーズか、ここをクリックすれば関連記事を順番に読むことができます。その中でもっとも大事なのがナラティブなスタンス(傾聴モード②)です。相手の世界観・価値観・人生観を理解するには、自分のそれを一度横に置いてみる必要があります。

Narrative

 スピリチュアル・クライシスに直面したばかりの人は孤独な状態にあります。あなたが心をこめて呼びかけても、悲しみの涙で満たされた水中にたたずむ熱帯魚が、水槽の外を眺めるようにしか受け止められないこともあります。まず、相手の物語の中にあなたが登場しないことにはケアは始まりません。その時に、医師や看護師やケア専門家は知らず知らずに、自分の物語を強烈にアピールしてしまいがちです。それは言葉だけでなく、表情、態度、物腰、その人がかもしだす雰囲気、そして、制服までも…。

Kingyo

 僧侶や牧師など宗教家のケアは世界的には本流ですが、日本では残念ながら広く浸透しにくいものがあります。宗教の教義では固定した世界観・死生観を真理としてとらえ、その中で相手を救おうとしますが、同じ信仰を持たない人にとっては「別の物語」に過ぎません。
 相手がケア提供者の物語を受け入れる気がなければ、どんなに訓練された医療関係者や宗教家でもその価値はなくなります。逆に、あなたが相手の物語に入ることが許されれば、あなたを含めた新しい再生の物語が綴られる可能性があるのです。

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2011年9月12日 (月)

平時のスピリチュアリティ

 不治の病に冒された時や全ての希望を失った時などに「人は何のために生きているのか」という疑問が頭をもたげます。ところが、幸福や歓喜の時にはそうした疑問は湧いてこないものです。ただ、中には人生の意味や社会との関わりを日常的に意識しながら生きている人もいます。
 たとえば、普段から大きいスピリチュアリティを持っている人は、私は大自然に生かされているとか、人類の歴史に貢献したい、という風に時間や空間を越えた人生を生きています。まるで宇宙から自分を眺めているように。

Bigspirit

 また、普段から深いスピリチュアリティを持っている人は、徳を積んで人格を向上させたいとか、悟りを開いて真理を知りたいとか、という風に修行僧のような人生を生きています。まるで自分の中に宇宙があるように。

Deepsprit

 こうした人達はスピリチュアル・クライシス、つまり想定外の事態を乗り越えやすいかもしれません。逆に、乗り越えた人はスピリチュアリティを深く大きく変化させることに成功したと言えます。

Michitama3

 まあ、そこまで行かなくても、ひとは他人の健康や幸せを願ったり、天に誓ったり、先祖供養したり、募金やエコ活動したりすることは珍しくありません。これらは直接自分の生活や損得とは関係ありません。そうしなくても生きていけるのだから、そうしなくても良いわけです。ただ、そういうものを一切排除した場合、たとえメンタリティが安定していても、他人の目からは何か寂しい人生のように見えます。また、その人のスピリチュアリティのフィルターを通して見る世界は何一つ楽しげな色を持たないのかもしれないのです。

Spifilter

 スピリチュアリティの問題は有事の時にだけ浮かび上がってくるわけではなく、平時にも私たちの人生に見えないところで影響を及ぼしている、というのが私の主張です。だからこそ今の時代、スピリチュアル・ケアは緩和医療だけでなく、様々な場面(職場・家庭・学校・地域)で必要とされるはずです。では、スピリチュアル・ケアとは具体的にどんなものを言うのでしょうか?

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2011年9月 7日 (水)

スピリチュアル・ケアへの誤解

 医療でスピリチュアル・ペインが取り上げられるのは、不治の病や死を宣告された時だけです。しかし、年間自殺者数が三万人を切らず、うつや引きこもりなどが急増している背景に、このスピリチュアル・ペインがあるに違いないのです。生きることをやめようというには、それだけの理由があるはずだからです。
 生きがいも存在意義も失われ、信念や人生観や世界観が崩れていく時に、単にメンタリティをあげるケアでは追いつきません。スピリチュアリティをあげるケア、つまりスピリチュアル・ケアが必要となります。Baloonbreak

 

 ところが、多くの人はオカルトや宗教を連想して、日本人にあうスピリチュアル・ケアやそれを提供する専門家へのニーズが高まりません。たしかに欧米の場合は長い間キリスト教の牧師がケアを提供してきました。欧米人の多くがキリスト教の世界観・死生観を受け入れているため、そうした導きを欲したのです。ところが日本にはそれだけ強く普遍的な世界観・死生観はありません。仏壇や墓石があっても仏教の教義を全面的に受け入れ、自分の世界観にまで高めようとしている人は少ないでしょう。

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 上智大学の谷山洋三氏は宗教的ケアとスピリチュアルケアとは本質的に異なるものだと主張しています。つまり、宗教ケアは宗教家が自分の立ち位置に相手を導き入れるもので、主導権はあくまでも宗教家側にあります。一方、スピリチュアル・ケアはケア提供者が自分の考えは置いて、相手の考えや気持ちに寄り添うこと自体が目的なので、生きていく意義などの答えをあらかじめ準備したり、相手に押しつけたりはしません。

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2011年9月 1日 (木)

緩和ケア

 スピリチュアル・ペインという一般にはなじみの薄い言葉をここでとりあげる理由は何でしょうか?
 実はいまガン診療にたずさわる医師が全国で緩和ケア研修を受けています。これは病気を治療することを優先する余り、患者さんの苦痛に目を向けて来なかった医療関係者の体質を改め、ガンの痛みなどを確実に軽減する技量を身につける目的です。

Kanwacare

 その中でスピリチュアル・ペインの緩和が謳われています。しかし、何がスピリチュアル・ペインか、その緩和の方法、つまりスピリチュアル・ケアがどういうものか、は詳しく解説されていません。
 実はWHO(世界保健機関)が緩和ケアの定義の中に「スピリチュアルな問題への対処」を含めてしまったものの、これは欧米などのキリスト教社会が古くから宗教的ケアを行ってきた歴史があったからです。従って、スピリチュアルという言葉とともにその解釈やケアをそのまま輸入することは、とても日本人の心情にはそぐわないのです。

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 一方、日本人にもガンの末期にはスピリチュアル・ペインというべき苦痛がたしかに観察され、それに対するケアのニーズがあります。日本ホスピス緩和ケア協会のパンフレットを見ればそのイメージが伝わってきます。絵はパンフの引用ですが、キャプションはその絵のメッセージを私が勝手に読み取って言葉にしたものです。

Pallicare2

 たとえば、死のイメージを絵に表すことができても、上のように言葉にすると、それは死生観になります。一定の宗教を持たない日本人は死生観を常に意識したり、それを作り上げていくことはしません。死を目の前にした時に、それぞれの自由な考えにまかせて、ぼんやりとイメージするだけです。最期まで死を拒否する立場をとることも珍しくはありません。

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2011年8月29日 (月)

スピリチュアル・ペイン

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 心を黄身に例えると卵のカラがひび割れ始める状況がスピリチュアル・クライシス、つまり存在の危機です。その時に感じる心の痛みがスピリチュアル・ペインです。

Pressure

 どういう人生の出来事がスピリチュアル・ペインとして自覚されるかというと、例えば①不治の病、②倒産やリストラ、③失恋や離婚、④肉親や親友の死、⑤巨額の借金、⑥執拗ないじめ、などです。

 しかし、これらが必ずスピリチュアル・ペインをきたすわけではありません。その人によって、時期によって、程度によって変わります。たとえば、他の人にとっては揺れ程度に感じられることが、本人にとっては衝撃であったりします。一回の重い出来事ではなく、複数回にわたる経験が疲労骨折のような効果をもたらす場合もあります。

Outerspipe

 スピリチュアル・ペインは単に苦しいだけでなく、絶望や混乱や不安などを引き起こします。メンタルの苦しみとは違い、初めて味わう感覚や迷いがあるはずです。たとえば、「世間や会社は私にとって何だろう?」「私がいなくなったら世界はどうなるのか?」という外的世界との関係に疑問を生じます。

Innerspipe

 そして、「私は何の為に生きているのか?」「私は何者なのか?」「死んだらどうなるのか?」という内的世界、自分自身に対する疑問を生じます。

Michitama1

 その結果、全ての支えを無くせば生きていくことをやめてしまうでしょう。しかし、スピリチュアリティが修復されたり、新しく作り替えられれば、その危機を乗り越えられるかもしれないのです。つまり、クライシスは単なる破滅ではなく、人生の分かれ道といえます。

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